葉ものの種まき
今日は少しの淀んだ空と、青空が入り交じったような空色で、風は昼まではなかった。
朝、子どもとゴミを出しに行って、帰ってから、庭で少し春を探してみた。
オオイヌノフグリやホトケノザ、ツクシはもう教え込んであるので、他のしるしはないかなぁと探した。
そうすると、他の植物群から少し離れた場所に、ノイチゴが花を咲かせていた。
これはイチゴになるんだよ、と教えたら、じーっと見つめて、インプットしていた。
他には、伸びきったフキノトウを見つけた。
空にはヒバリが声高に鳴いていて、あぁ春が来たんだな、と感じた。
今日は水菜などの、葉もの野菜の種を蒔いた。
防虫ネットは時間が間に合わなかったので、明日やる予定。
諸々の植え付け、種まき(1)
朝は霜が降りて、娘と寒い寒い言っていたのだが、昼間はぽかぽかで、春の陽気だ。
なので、今日は時間をみて色々と土に埋めたり蒔いたりしてみた。
まずはネギ、ニラ。
小ネギ、中ネギ、根深ネギ、ニラを、は種機にて種まき。
中ネギは去年自分で種取りしたもの、ニラは買って1年経ったもの。大丈夫かなぁ。
ダメだったなら仕方ないと思うしかない。
次に、アピオス、ヤーコン、菊芋の種芋を土に埋めた。
誰が決めたのか知らないけど、この子たちは世界三大健康野菜らしい。
嫁さんが喜びそうなので、少しずつだけど作ってみる。
いいと思えば来年の作付けを増やす予定。
音のなるものが多すぎる
子供が出来てから、音の鳴るものが多すぎるように感じる。
ねんねの時間など、音が出るのを気にする場面が増えたから、そう感じるのだろう。
だけど、俺を困らせたいが為にわざと鳴っただろ、と言いたくなるようなことがよくある。
ドアも床も、きしんでギイギイ鳴くし、ほんの少し当たっただけで、おたまやら食器はカツーンとかいっちゃう。
静寂のなか、そのような、私にとっては意味が付与された音を聞くと(出すと)、日常のなかで、どれほどの音を聞き流しているのだろう、と思う。
人の耳は受動的で、聞きたくないものも聞かざるをえない、というが、理性という分別管理人が仕事をしているのだ。
絹さや
ここ最近は雨が続いて、朝晩は割と冷える。季節が少し巻き戻されたようだ。
春は三寒四温とよく言われるが、新緑も過ぎてしまった感のある現在、この季節の激しい満ち引きは、いかがなものか。
ある程度年齢を重ねた今、子供の頃よりも寒さが堪える。
ここ最近、絹さやがたくさん採れていたので、さっと茹でたりして毎日食べきれないほど食べていた。
しかし、さすがに飽きてきたし、うどんこ病も出てそろそろ寿命かなという感じなので、次の収穫でおしまいにしようかと思う。
個人的には、一般的に出回っている、豆の小さな段階で食べるよりも、豆を少し太らしてから食べた方が、豆の甘みが感じられておいしいと思った。
うちの子供(1歳)もバリバリ食べておいしいと言っていたので間違いない(間違いない)。
もし売ることがあれば、そのようにして売りたいと思う。
わさび田
一昨日、妻のおじいちゃんちにお邪魔した。
おじいちゃんはわさび田を持っていて、ずっと見たいと思っていたが、ついにそれが実現した。
もう8年ほど放置してあるそうだが、手入れすれば使えるらしい。
このまま風化させるには非常にもったいないので、手入れさせてくれないかとお願いしたところ、快諾してくれた。感謝。
次にいつ行けるか分からないが、頑張りたい。
空豆
昨日おばさんの畑へ行ったら、トウモロコシの芽が出ていた。
大雨に水没して、もう死んだかなと思っていたので、一安心。
今日は、初めて空豆を収穫した。
妻に茹でてもらって食べたが、獲るのが少し早かったのか、お歯黒の部分が黒くなかった。
柔らかくなりすぎたし(味は空豆)、今度はもっと獲るのを待ってみる。
ちなみに午前中は、獅子ヶ鼻公園のトレッキングコースを散策した。
コウモリ、沢蟹なんかを見つけたが、なんといってもオサムシを見つけてテンション激上がりだった。一人で歓声をあげてるとき、ちょうど人が来て恥ずかしかった。
こないだ訪れた時はヤマドリと遭遇したので、今回は双眼鏡を常に首からぶら下げて、アンテナはって歩いたのだが、全然ダメだった。ウグイス、ホオジロなんかは観察できたので満足。
歯ブラシ
おとといの夜、歯ブラシの頭(ブラシの部分)がもげた。
歯を磨こうと、何の気なしに手に取ったら、何かにはさまっていたのか、抜けなかった。(いつもプラスチック製の歯ブラシ立てに入れてある。)
なんだよ、と毒づきつつ、少し力を入れて歯ブラシ立てを上下に揺らしていたら、カランコロンと、流しに音を立てて落ちてしまった。
きれいに頭だけもげていたので、これは何かの暗示なのでは、、、と考えると恐ろしい気もしたが、とにかく呪われていないことを祈ろう。
その日はその生首を使って、四苦八苦しながらなんとか磨いた。